2010年4月14日 11:10
自転車屋さんから歴史が始まります ~今こそ伝えたい 津田の歴史①~
創業~戦時(昭和9年~14年)
←津田商会の店先にて。(家族と従業員)
現在の刈谷市新栄町で自転車修理業を営む
裏には工場があって、そこには旋盤2台などがあり、初代社長である津田豊輔さんは毎日酸素溶接をされていたそうです。
昭和9年に津田鉄工所を開業し、自転車やリヤカーの修理から㈱豊田自動織機製作所(現㈱豊田自動織機)向け製品の加工をはじめました。
従業員数:1名(S2)→32名(S9)
写真左: 昭和12年 重原工場(現在の刈谷工場・西門付近)
写真右: 創業時に新築された駅前工場(写真は昭和32年頃撮影)
昭和11年頃
◇不景気の真っ只中でもあり、経営も苦しかったようです。
従業員数:約20名
この頃の処遇(※年齢や入社時期により誤差があります)
◇給与:40銭/日(高小卒) 55銭/日(見習工)、ボーナス無し、
◇学卒は革靴や小倉服の現物支給
◇残業1時間で三島屋の大あんまき1個
昭和16年~19年
◇太平洋戦争がはじまり、津田の従業員も戦争の拡大に伴って2~3人の徴用(戦争中などに政府が国民や占領地住民を強制的に動因して兵役を含まない一般業務につかせること)がありました。
そこで社長は、軍需産業であるベアリングの切削加工を始め、徴用を免れる術を見つけました。
軍需景気によってとても忙しかったけれど、軍需関係のため儲けは少なかったようです。
連日徹夜作業が続き、社長の奥さんがよく夜食を差し入れてくれて感激したとOBは語っています。
←軍服姿の従業員たち
従業員数:100名弱(S16)→約500名(S19)
最近入社した私たちには、自転車屋さんからどうやってここまで成長できたのかとっても気になるところですが、衝撃(?)の第1回目はいかがでしたでしょうか?
歴史って面白いですねぇ~。知れば知るほど面白いと思いました。
創業当時の資料などはほぼ残っていませんので、社史やOB・OGの皆さんのお話から編集させていただきました。
当社とは直接関係ありませんが、当時を物語る貴重な写真がありましたので掲載いたします。
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本社・刈谷工場:〒448-8657 愛知県刈谷市幸町1丁目1番地1 TEL(0566)61-0711(代) FAX(0566)61-0701
豊川工場:愛知県豊川市東上町土橋80番地 富山工場:富山県南砺市神成333番地




刈谷駅前の記念亭は、当時からあったんですね。その名のとおり刈谷市を記念とすることとなったのかなと勝手に考えてしまいそうです。伝統の良さを感じました。継続は力なりといいますがそのとおりですね。パチンコ屋もいい味出してます。この企画はいいですね。
こんにちは!なべさん。津田工業㈱・オガサワラです。
記念亭の写真を見たときはびっくりしました。改装されていると思いますので、その歴史には気づきにくい部分もありますね^^
なべさんにお褒めのお言葉をいただきましたので、今回の企画がんばります♪
長期連載になりますので、末永くよろしくお願いします(笑)