2010年7月30日 08:17

苦難・・発展の時代 ~今こそ伝えたい 津田の歴史③~

 

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こんにちは!津田工業㈱・オガサワラです。

当社の社内報「TSUDA NEWS」の特集"津田の歴史"が連載中。 

つだブログでは、制作の裏側や社内報で掲載しきれない当社の歴史についてお届けします♪ 

 

 

苦難~発展(昭和25年~31年)

 

企業再建

 

◇当社は、昭和23年に株式会社津田鉄工所として新たに出発しました。

 しかし、翌年には人員整理を発表、刈谷国鉄駅前工場が休業状態となってしまいました。

 その後、日本電装株式会社(現・株式会社デンソー)と取引を開始したのを機に、全98名の従業員で企業再建に立ち上がりました。

 

 

 

給料の遅配が再発・・・

 

◇昭和25年、駅前工場が再開し、主に、本田技研工業、豊田織機向け部品を生産していましたが、まもなく賃金遅配に追い込まれました。

 翌26年に勃発した朝鮮戦争により、一時的に遅配は解消し、これまでに整理した人たちを復職させるなど、再び活気ある企業となりましたが、戦争による特需が終わると給料の遅配が再発してしまいました。

 

 

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写真左: 津田鉄工所・知立工場が昭和29年㈱津田鈑(当時)として分離独立

写真右: 昭和30年頃重原工場の焼入設備。焼入された製品は試験室で硬度測定された

 

 

 

熱間鍛造部品の生産開始

 

◇昭和29年、知立工場の分離独立に伴い、当社の売上・利益ともに減少しました。

 これに対応するため、日本電装から噴射ポンプ部品を受注、同社の協力を得て噴射ポンプ専門工場を重原工場(現・刈谷工場)に増築し、企業拡大をはかりました。

 

  

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昭和31年、日本電装の噴射ポンプ増産にあわせて、当社も同部品の専門工場を重原に増築しました。(写真は増築工事現場)

 

 

 

 

 

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 ドイツ技術者(ボッシュ社)の参列をえて挙行された噴射ポンプ工場竣工式(昭和31年)

 

 

 

 

 

 

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噴射ポンプの作業場の服装は、当時にしては異例の白のオーバーオールの作業服と作業帽で統一されていた(昭和31年) 

 

 

 

 

 

 

 

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第3弾、いかがでしたでしょうか?

過去には賃金遅配もあったんですね。給料遅配が完全に解消するまで、約6年かかりました。

 

OB&OGの皆さんは、当時の状況をこのように語っています。

「給料の遅配がはじまったころ、最高で3ヶ月遅れになりました。毎週土曜日になると、給料が出るのをおそくまで待った経験があります。小切手でもらったこともあり、換金のため銀行に並んだ覚えもあります。

人員整理をしてもなかなか会社の業績はあがらず、再び給料遅配・・・。全従業員が絶えに耐えたにもかかわらず、その後更に給料は遅れ、分割払いになりました。そんな苦悩の日々でした。」

 

当時のことを経験しておられる方の言葉は重いですね。

現在では考えられないような事態ですが、そういう時代もあったんだなぁということを知っておくと良いかもしれません。

 

 

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