2010年10月 1日 09:42

「合理化」時代 ~今こそ伝えたい 津田の歴史④~

 

title_tsuda-history.gif

こんにちは!津田工業㈱・オガサワラです。

当社の社内報「TSUDA NEWS」の特集"津田の歴史"が連載中。 

つだブログでは、制作の裏側や社内報で掲載しきれない当社の歴史についてお届けします♪  

 

合理化(昭和32年~34年)

 

着々と進められる"工場拡張"

 

◇企業拡大を図る津田鉄工所は、昭和32年、合理化促進のため重原工場(現在の刈谷工場)の敷地を拡張し、ハブセットのライン化を図りました。

当社の合理化は、設備の近代化、改善班による設備改善で着々と進み、収益に大きく寄与しました。

 

 

協力工場"むすび会"誕生

 

◇昭和33年、外注工場の企業体質強化のため、協力工場「むすび会」(会員数42社)が発足。"おむすび"のように堅く協力し、厳しい社会情勢に対処すべく誕生しました。

また、この年、社内報「緑の友・TSUDAニュース」が創刊し、創業の精神が全従業員に訴えかけられました。

 

 

 

4history_5.jpg

 

 緑の友・TSUDAニュース
( 昭和33年8月1日発行の創刊号)

 

 

 

 

 

4history_3.jpg

 

 

(写真)木造の工場にならんだ自動盤

 

 

 

 

 

 

伊勢湾台風の被害

 

◇ノズルホルダーボデーなどの受注で業績は順調にのび、工場拡張の準備が着々と進められていた昭和34年9月、伊勢湾台風で捲線工場全壊や焼入れ工場火災などの大きな被害に見舞われ、復興は困難をきわめました。

 

4history_7.jpg

4history_8.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

(写真左)伊勢湾台風で倒壊した捲線工場 

(写真右)荒れた事務所内を整理する従業員

 

 

<当時がわかるその他の写真たち> 

 

4history_1.jpg

4history_9.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

(写真左)米国視察に先立ち朝礼であいさつをする津田豊輔社長 

(写真右)営業部と購買部で行った新年祝賀会の記念写真。(のちに後ろの建物2階は伊勢湾台風で倒壊)

 

 

4history_6.jpg

 

 

重原工場全景

 

 

 

 

 

 

4history_4.jpg

4history_10.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

(写真左)当時の正門付近(現在の西門) 

(写真右)東からながめた当社風景。(手前の田畑は、現在焼入工場に)

 

 

4history_2.jpg

 

 

現在の電気室付近にあった津田鉄工所の東門

 

 

 

 

 

 

logo_uragawa.gif

 

 

 

今回の社内報から、ちょっと補足情報として、"当時の物価"を掲載することにしました。

昭和32年ごろは、

・ハガキ 5円 ・封書 10円 ・コーヒー1杯 50円

だったようです。こんなところからも当社の歴史を感じることができますね。

 

トラックバック(0)

この記事に対するトラックバックURL: http://122.200.227.114/cmt/mt-tb.cgi/303

コメントする

経営管理部人財開発室
(採用担当)
鋤柄あい子

こちらのブログでは、津田
工業の最新情報が満載です。
ぜひチェックしてくださいね。

最近のトラックバック

津田工業株式会社
本社・刈谷工場:〒448-8657 愛知県刈谷市幸町1丁目1番地1 TEL(0566)61-0711(代) FAX(0566)61-0701
豊川工場:愛知県豊川市東上町土橋80番地  富山工場:富山県南砺市神成856番地