2011年6月 1日 14:47

「飛躍」時代 ~今こそ伝えたい 津田の歴史⑥~

 

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こんにちは!津田工業㈱・オガサワラです。

当社の社内報「TSUDA NEWS」の特集"津田の歴史"が連載中。 

つだブログでは、制作の裏側や社内報で掲載しきれない当社の歴史についてお届けします。 

 

 

 

飛躍(昭和38年~40年)

 

津田鉄工所 創業30周年

 

◇トヨタ自工の生産台数が月3万台を達成。昭和38年、当社は創業30周年を迎え、名実ともに飛躍の時代にはいった。ことにつれ、経営管理、生産設備および人材の育成の強化が急務となった。このため、4月から組織を事業部制に刷新し、経営目標、方針の設定、ラインとスタッフ部門の役割分担を明確にした。

 

 

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← トヨタ車月産3万台突破にあたり、当社に感謝状が贈られる

 

 

 

 

 

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写真左: 刈谷共同職業訓練所第3回卒業式(現在の男子寮に校舎があった)

写真右: 生産設備は油圧単能機に移りかわっていった(駅前工場)

 

 

 

自社開発の工作機械"八軸自動盤"完成

 

乗用車の貿易自由化とトヨタ自工月産3万台体制に対応するため、設備の近代化が急務となった。その先駆けとなった「八軸自動盤」は、加工時間の短縮、精度向上のほか、製造コストもこれまでに比べ4~5分の1程度になり、後に西ドイツ(当時)で特許を取得した。工作機械自社開発の技術力と豊輔社長の独自のアイデアが結集して生まれた設備である。

 

 

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←北工場入り口(現在の工機工場)

↑ 新食堂でVA・部品展示会が開かれた

 

 

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新鋭機・連続調質用電気炉の火入式でスイッチを押す津田豊輔社長(焼入工場)

この電気炉は、焼入・洗滌・焼戻の工程を連続して自動的に行う。熱処理能力は毎時180kgである。

 

 

 

 

 

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写真左: 造機事業部で開発製作された8軸ピットラー

写真右: 八軸自動盤の完成を報じる新聞記事(日刊工業新聞)

 

 

 

工機部門の活躍

 

この時代、工機部門は各種の多軸自動盤の実用化に成功し、会社の業績に大きく寄与した。また、生産体質の強化をねらって、QC活動の活性化および会長制の導入が図られた。これにより、同年、取締役会長に津田豊輔、取締役社長に津田謹輔が就任した。

 

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← 多軸自動盤の開発状況を視察する社長と専務(北工場)

 

 

 


 

 

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 ↑ 自社開発した八軸自動盤。右の写真は、横からみた様子

 

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新鋭機「マイプレス」に視察団が殺到

 

写真: 刈谷工場に導入された冷間鍛造加工用精密成形プレス加工機 通称「マイプレス」

 

 

 

 

 

 

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◆番外編写真

  

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写真左: 当時の女子事務員の制服 

      ・・・・ スモック?!時代を感じますねぇ^^色が分からないのが残念

写真右: 活躍めざましい当社柔道部。各種の社外対校試合で上位入賞をはたした

      ・・・・ たくましい男性陣。現在柔道部はなくなっちゃいました^^;

 

 

◆注目記事◆ 緑の友 津田ニュース S35年8月13日号より(一部抜粋)

 

"従業員1,000人突破の大所帯"

 『生産に急ピッチを告げるわが社では、今年に入って5百名に達する従業員が入社。さらに激増を予想されている。

 はるばる九州から東上してくる人も数多くあり、働く青少年の面目躍如たるものがあるがこのように社内は日増しに活気を帯びている。

 なお、各部の人員を眺めると、総務部30名。経理部10名。営業部33名。購買部25名。製造部538名。管理部58名。工機部34名。駅前工場75名。捲線部210名。合計、男子694名、女子319名となっており、8月1日現在当初の予定通り1千名を突破したわけである。』

 

1年で一気に500名が入社というのはすごいですね~!

そんな歴史があったとは、驚きでした。現在は、毎月入社があるわけではありませんが、少し前までは東北や九州からも採用活動を活発にしていた時期もありました。

昭和35年ごろは、生産が激増したため、捲線工場の拡張や焼入工場の建設など新工場が相次いで建設されました。

工場だけでなく、本社や独身寮なども建設されたようです。

 

 

この時代に当社の社内報が誕生し、ようやく当時の様子(詳細)が分かるようになりました。

面白い記事もたくさんあるので、こちらでまた掲載しますね☆

 

 

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コメント(2)

年間500人の入社というのはすごいですね。また、制服をスモックというのは、あまりに懐かしく心がしびれますね。保育園の子どもの着る制服みたいのもスモックと呼んでいました。柔道部もいいですね~。

こんにちは、なべさん。津田工業㈱・オガサワラです。
いつもコメントをありがとうございます!
毎月入社があったようですが、同期がたくさんいて賑やかだったでしょうね(笑)小さな自転車修理店からここまで飛躍できて、創業者も嬉しかったんだろうなぁ・・と想像できます。
スモックも良いですよね~。結構最近(十数年前くらい?)までスモック時代が続いていたみたいです^^;個人的には作業しやすそうでスキです^^

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